【マントラ・ディクシャについての正しい解釈】
マントラ・ディクシャについて誤解されていることがあります。
あるグルからディクシャを受けたら、一人のグルだけに従わなければならず、他のグルからディクシャを受けられないと思っている人もいますが、悟りに対する正しい知識を持つマスターならば、複数のマスターからディクシャを受けても問題にはなりません。
例えば、ある分野を学んでいる学生が、色々な教授や特別な知識を持つ指導者の元を訪れて、教えを請うことはよくあります。
そのように、スピリチュアリティに対する疑いを晴らすために、他のマスターから伝授されることを必要とする人もいます。自分自身の意識の向上のために、宇宙には探究心を満足させる自由があります。
しかし、組織的になったグループの活動の中では、その団体のマスターだけが真理の道を知っていると教えるようになり、信徒をしばるようになります。本当の真理を生きるマスターは、人々の行動を制限せずに自由を与えます。
仏陀もマスターからディクシャを受けた後、真理をめざすために自らの道を開拓し、悟りを得ました。
もしも、一人のマスターだけを信じ、団体の持つ組織的な方法だけに執着するなら、悟りを得ることは難しくなります。
仏陀が悟りを得たのも、他のマスターが真理を授けたのではなく、真理に向かう強い 情熱で到達することができたのです。
しかし、ほとんどの人々は、仏陀のような真理に向かう情熱を持っていません。マスターは、人々の心に真理に向かう情熱が強固になるように働きかけます。
グルは、正しい目的地を示し、魂の真の旅を助けますが、グル自身が目的地ではありません。
アチャーリャ・アマンからディクシャを受けた後、あなたが他のマスターからも授与されたいと思えば、そうすることも自由にできます。また、すでに他のマスターから授与されたことがある方でも、アチャーリャ・アマンから受けることを希望されるなら、それも歓迎しています。
あなたの魂の旅が悟りをいう目的地に到達できることを願っています。
の他にもディクシャについて知りたいことがあれば、コメントを送ってください。 |